子どものロコモ予防についてのお話
〜未来のためにもっと遊びを!〜

今、子どもたちの体に起きている異変をご存知ですか?
片足でしっかり立つ、手をまっすぐ挙げる、しゃがみ込む、体前屈をするなど、体を動かす上での基本動作ができない子が急増しているのです。
子どもの体の変化にいち早く気づき、その対策に取り組んでいる林整形外科の林承弘さんにお話をお聞きしました。

林 承弘(はやし・しょうひろ)
林整形外科 院長。
特定非営利活動法人全国ストップ・ザ・ロコモ協議会 総務委員会 委員長。

約51%の子どもたちが、運動器不全。

「転んだときに、手をつけず顔を打ってしまう。倒立ができない上に、倒立する友だちを支えることもできない。雑巾がけのときに、体を手で支えられず歯を折ってしまう。今、そんな子どもたちが増えているんです」
こう話すのは、整形外科医である林承弘さん。どうしてこんなことが起きているのでしょう。
「以前、体育の時間に両手首を骨折してしまった13歳の患者さんを診たことがあるんです。その原因は、跳び箱を跳んだときに頭から前のめりの姿勢で落ち、バランスを崩して手をついたときに、手首が十分に反り返らなかったから。つまり、体を動かすために必要な〝運動器〟の基本的な動作がきちんとできていなかったんです」
〝運動器〟の基本的な動作とは、手首が十分に反るほか、片足でしっかり立つ、手をまっすぐにあげる、しゃがむ、体前屈で指が床につく、などが挙げられます。これらの動作がきちんとできていない子どもたちが増えている――そう感じた林さんは、この現状を重く見て、埼玉県の中学校で運動器の検診を行いました。その結果、51・7%(表1参照)もの子どもたちの運動器が、十分に機能していないことが明らかになりました。中でも、手首の動く範囲を調べるグーパー運動に問題がある子どもは、20・3%もいたそうです。「つまり、5人に1人ができていないということ。きちんと手が反らないわけですから、転んだときに手がつけないのもわかります」と、林さん。

さらに、これらの子どもたちはそのままにしておくと、骨・関節・筋肉などの運動器の障がいのために、立つ・歩く・走る・のぼるなどの能力が低下する『ロコモティブシンドローム(運動器症候群)』になってしまう可能性があります。もともとロコモティブシンドローム(以下ロコモ)は、高齢者が寝たきりや要介護になってしまう原因の一つとして考えられていたものですが、その予備軍は今、子どもにまで広まってしまっているのです。

子どもの運動器に影響を与えたのは、家庭と社会。

では、子どもたちの多くが、ロコモ予備軍となってしまった原因はどこにあるのでしょう。林さんはこれについて、体を動かす経験が不足しているからではないかと話します。
「最近では、住環境の狭さからあまりハイハイできていない赤ちゃんが増えています。ハイハイは、全身運動にもなりますし、上半身の動的機能や反射能力を培う大切な動きなのですが……。さらに、歩けるようになってからも抱っこしてもらったり、車移動が多かったりで、歩いたり走ったりする機会が減っています。それに屋外は、交通事故などの危険があって遊びにくい上に、遊び場も少なくなってきている。さらにスマートフォンやゲームがより身近になり、長時間動かない子どもたちが増えました」
確かに一昔前と比べると、子どもたちが体を動かす機会はグンと減っています。しかし、経験不足から体の動かし方がわからなくなるなんてことがあるのでしょうか。

「例えば、石蹴り一つとってもさまざまな動作があって、片足で立つためにバランス感覚が養われたり、タイミングよく蹴るために機敏性が磨かれたりします。鬼ごっこや木登りにも、それぞれにさまざまな動きがある。体を効率よく動かすために、どの筋肉や関節を連動させればいいのかということも自然と学んでいきます。人間はそうやって、遊びの中でたくさんの経験を積んで体の使い方を覚えていくんですね。この経験が不足していると、転んだときに手が上手く出せず大けがをしてしまったり、遠くから跳んできたボールのスピード感や手を出すタイミングがつかめず、対応できなかったりする。つまり、危機回避能力が低下してしまうんです」

大人になると、体はどんどん硬くなっていきます。これにプラスして危機回避能力までが低下していたら、ケガのリスクはより高まってしまうでしょう。
最近では、子どもが遊んでいてケガをしたら「危ないから」と、その遊びをやめさせる傾向が多くありますが、これは子どもの経験の場を奪い、よりケガをしやすい環境を作っているのかもしれません。林さんも「子どもは小さなケガをいっぱいして『これじゃだめなんだ』って学ぶことで、体の使い方を覚えていってほしい」と話します。
実は、子どもがロコモ予備軍となってしまう原因はもう一つあります。それは、体の同じ部分を使い過ぎていること。
「体は、動かしていればいいというわけではありません。一種目しかやっていなかったら同じ関節や筋肉しか使わないので、どこかに弊害が出てきます。成長期の子どもに多く見られるオスグッド病も、そうですね」
オスグッド病とはスポーツをしている子どもたちに多い膝の痛みで、その原因の一つとして、同じ動作を繰り返すことによる体の使い過ぎが挙げられていす。「とにかく、子どものうちは窓口を狭くせず、いろいろなスポーツを楽しむのが大切」と、林さん。

林さんが行った調査では、バランスよく朝食を摂っている子どもが4割弱であることもわかっています。林さんは「このような生活習慣が改善されないまま大人になると、内蔵疾患であるメタボや運動器疾患である骨粗鬆症などのロコモ予備軍を増やしてしまう」と危惧しています。

子どもたちの現状が明らかになってきた今、林さんはそれを「放ってはおけない」と、さまざまな試みを始めました。
まずは、埼玉県内のある学校の保護者の方々に運動器検診のための問診票を配り、子どもたちが片足立ちやしゃがみ込みなどがきちんとできるかどうかチェックし、学校に提出してもらいます。気になる結果が出た子は、整形外科へ。「これによって、保護者の方々に子ども見守る親としての自覚を喚起し、責任の一端を感じてもらうことができる。つまり、現状を変えていくための活動に巻き込むことができるんです。親も子どもも学校も、一体となって子どもの体をチェックしていこうということですね」
ちなみにさいたま市では、平成27年度より学校健診における側弯症検診において、簡単な側弯症チェックを保護者に行ってもらう方式を実施し、この問診票の結果から、病気で腰椎が曲がっており、手術が必要な子どもも見つかったそうです。林さんは、この方式を側弯症だけでなく片足立ちやしゃがみ込みなど運動器全体に拡げて、先ずは保護者にチェックしてもらうことにより「ロコモ予備軍はもちろん、体の病気も早めに見つけられる」と、話します。

さらに林さんは、ロコモ予備軍の子どもたちへの対応策として、5分でできる『こどもロコモ体操』を考案し、DVDにまとめました。現在、この体操を体育の時間の前に取り入れている学校もあります。内容を見せていただくと〝片足立ち〟〝しゃがみ込み〟〝体前屈〟などをきちんと行うための方法が、できている例とできていない例とを交えながら、紹介されています。「ロコモへの対応策としては、体全体を動かす運動習慣をつければいいんです。

例えば、ラジオ体操でもいい。ただ、一番大切なのは正確にやることなんです。適当にやっていては効果がない。でも今は、基本的な姿勢と動作を知らない子どもたちが多いので、まずはそれを伝えなければならないんです」
林さんによると、今は体の動きと呼吸が合っていない子も多いそうです。胸郭の動きに合わせて、胸を開いたときに息を吸い、閉じたときに吐く。私たちが当たり前のように感じている、基本的な体の動かし方さえ知らない子どもたち。さらに「手先だけしか使っていないので、大きな筋肉や関節の連動のさせ方がわからない子もいます。肩甲骨を動かせるようになると、上肢の動きはかなり良くなるんですよ」と林さん。
実際、この体操をやった子どもたちは片足立ちができるようになったり、硬かった体がやわらかくなったりしたそうです。
「子どものうちは、大人が介入すればいい方向に向かっていくんです。ロコモ体操を取り入れてもいいし、子どもが『おもしろい』と思う遊びで、上手く動機づけしてもいい。とにかく、体を動かす正しい基本動作まで導いてあげればいいんです」
林さんは今、よしもと興業パパパークと日本レクリエーション協会とがプロデュースしている〝スポーツテンカ〟)にアドバイザーとして参加し、この遊びに体を動かすさまざまな基本動作を取り入れるためのアドバイスをしています。つまり、遊びの中でロコモ予防を実践しようとしているのです。

平成28年度からは、今の子どもたちの現状を重く見た文部科学省が、運動器の機能不全や障がいを早めに見つけ出すために、学校の健康診断の見直しも行います。きっと私たちレクリエーション支援者にも、これから、きちんとした体の動きを学べる遊びの提供が求められてくるはず。そのときには、私たちの力を活かし、子どもたちが楽しみながら体づくりができる環境を整えてあげたいものです。

『こどもロコモ体操』の詳しい内容は、こちらのHPで見ることができます。

●全国ストップザロコモ協議会ホームページ
http://sloc.or.jp/